クロツグミについて

 

 

私達はブリュッセルに8年以上滞在していましたが、毎年2月になると楽しみにしていたことがありました。それは Merle noir。クロツグミと私達はずっと言っていましたが、本当はクロウタドリと訳すそうです。でも、ここでだけはクロツグミという名前で書いていきます(日本のクロツグミと混同させてしまうような言い方で申し訳ありません)。
 そのクロツグミは、全長が25センチくらい、オスは全身真っ黒で嘴だけ黄色、真ん丸い目がとても愛嬌があります。街中いたるところで見かけますが、春が近くまでやってきたのを感じるのか、2月になるとみんな歌い始めます。特に、明け方と日の暮れる時は、思い思いの場所に陣取って一斉に鳴きます。昼は、鳴きたい時に(求愛や陣取りなど)各々が歌っています。これが夏至の頃まで続きます。
 毎年そのうちの一羽が、私達の家の中庭に面する窓から見える、正面のアパートの煙突の上にやってきて、歌ってくれます。ヨーロッパは、表通りがうるさくても、中庭はまるで別世界の静寂です。そして、そのアパートの煙突はひときわ高く、おそらく力のあるオスが陣取るのでしょうが、彼は気持ちよく歌いだします。「ホヨホヨホヨ~、チチチ!」(稚拙な表現ですみません) 鳥類学者でもあったオリヴィエ・メシアンは次のように説明しています。「クロウタドリは高音に向かって上昇する音型という特性的な美学を持っています。厳かでもあり同時に嘲笑的でもあるその歌は、上長調の旋法というほどではないとしても、少なくとも長三度・四度と長六度・増四度の使用を基としています・・・」(「オリヴィエ・メシアン、その音楽的宇宙」(音楽の友社)より)
 とにかく其の倍音のきいた美しい歌声を、夕食時に窓を開けて、驚かせないようにナイフの音をしのばせながら聴き入っていました。先ほど「力のあるオスが陣取る」と言いましたが、それはメシアンによると鳥の世界では他の同種の鳥より美しく歌えるかどうかで決まるそうです。ですから3ヶ月以上煙突にやってくる彼は、彼独自の歌を発明し、のってくると最初のフレーズが次々と発展していき、実に見事でした。夕暮れ時の最高のコンサートでした。
 昨年帰国し、ホールの予約手続きをするときに、団体名を用紙に記入する欄がありました。夫婦でやることなのに「団体」登録するのか、困ったなと思った時にふと、クロツグミのことを思い出し、彼のように自発的な音楽を奏でられるようになりたいという気持ちから、「クロツグミ企画」という名前をつけました。(矢澤一彦)